私事で恐縮だが、私は日本一暑いといわれる名古屋と、日本一涼しい釧路に住んでいたことがある。シーツ代わりの花ござを敷いた布団の上で寝苦しい夜を過ごした名古屋の夏、冷害の昭和29年には、日中でもストーブが欲しかった釧路の夏を思い出す。
これに比べると札幌の夏は誠に快適である。寝苦しい夜はほとんど無いし、真夏の暖房なんて思いもよらない。本州からの転勤族に「札幌は住みよい街」と好評なのも、一つにはこの夏の快適さにある。
図1は、全国主要都市の8月の平均気温と日最高気温(いずれも平年値)を用い、日本列島の真夏の暑さの南北分布を見たもの。参考のため、不快指数75以上(15時)の日数も入れてある。

図1:暑さの南北分布
図1によると、日本の真夏の暑さの平均像に近いのは東北地方(青森・仙台)で、「夏は暑いのが当たり前」という常識が通用するのは関東以西である。北海道はこれら二つの圏外にあり、釧路などは西日本の感覚でいえば「夏の無い街」になってしまいそうだ。
昭和39年は日本のスポーツ界にとって忘れることができない東京オリンピックの年だが、気象のほうでも数々の記録が出た異常な夏だった。すなわち、関東以西の高温・少雨、北日本の低温・多雨が極端な形で現われ、北海道はついに戦後最悪の冷害となった。
この年がたまたまオリンピックの年だったので、「冷害はオリンピック並にやってくる」つまり4年1回冷害がやってくるといわれたものである。その当否は別にして、北海道の夏を考えるとき、数年に一度の冷夏を抜きにして語ることはできない。
表1は、札幌における盛夏7・8月平均気温と日最高気温・日最低気温の1〜5位までの記録をみたものである。表をみて驚かされるのは、明治から大正始めにかけての涼しさというより寒さである。日最低気温5℃というのは現在の5月始めか10月下旬に相当するし、7・8月平均気温17〜18℃は釧路並みの涼しさである。
表1-1:日最高・最低気温の順位
| 日最高気温 | 日最低気温 | |
|---|---|---|
1位 |
36.2℃:1994年8月7日 |
5.2℃:1900年7月8日 |
2位 |
35.8℃:1943年7月21日 |
5.3℃:1900年7月14日 |
3位 |
35.5℃:1924年7月11日 |
5.3℃:1902年8月27日 |
4位 |
35.2℃:1978年8月3日 |
5.6℃:1889年8月7日 |
5位 |
35.1℃:1972年8月7日 |
5.8℃:1904年7月3日 |
表1-2 7・8月平均気温の順位
| 高い方 | 低い方 | |||
|---|---|---|---|---|
1位 |
23.5℃ |
1994年 |
17.2℃ |
1902年 |
2位 |
23.4℃ |
1950年 |
17.7℃ |
1913年 |
3位 |
23.2℃ |
1978年 |
18.6℃ |
1941年 |
4位 |
23.0℃ |
1955年 |
18.7℃ |
1905年 |
5位 |
22.9℃ |
1989年 |
18.7℃ |
1934年 |
冷害の一つの目安として、札幌7・8月の平均気温20℃以下があるが、この条件に当てはまる年は、この120年間に36回ある。単純計算では3〜4年に1回冷害が起こる勘定だが、このうち22回は観測開始から大正4年(1915)までの39年間に起こっている。明治後半はどうやら「寒い夏」が連続したようである。
明治の冷夏を少し強調しすぎたが、暑さの記録に目を向けると、札幌で今までに一番暑かったのは平成6年(1994)8月7日の36.2℃がある。また、7・8月平均で最も高かったのは平成6年(1994)の23.5℃だ。
表1に見られるように、これらの高温の記録はほとんどが昭和に入ってからでており、大正3〜4年頃起こった気候変動を境に、夏の気温が一段と上昇したことがうかがえる。
(作成)文・資料とも柏原辰吉氏,平成10年
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